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    カテゴリ: アニマル



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    横浜市戸塚区のみなさん、怖いですね。早く見つかるといいです。

    1 potato ★

    逃げ出したニシキヘビは見つからず 集団下校も

    05月10日 17時09分

    横浜市のアパートから逃げ出して今月6日から行方がわからなくなっている体長およそ3.5メートルの「アミメニシキヘビ」は、5日目に入った10日の捜索でも見つかりませんでした。

    今月6日、横浜市戸塚区のアパートの部屋からペットとして飼育されていた体長およそ3.5メートル、重さおよそ10キロの黄色の「アミメニシキヘビ」が逃げ出しました。

    警察は、これまでに警察官50人以上を投入してアパートの周辺の雑木林や川岸の茂みなど、ヘビが隠れていそうな場所を中心に捜していて、逃げ出して5日目となる10日も午後4時まで捜索が行われましたが、発見には至らず手がかりもなかったということです。

    アミメニシキヘビは毒はありませんが、締めつける力が非常に強く、人に巻きついて死亡させる危険性もあるということです。

    これまでのところヘビによる被害やけが人は出ていません。

    警察は、少なくとも今月14日までは捜索を続けることにしていて、もし見つけた場合には近づいたり触ったりせず連絡するよう呼びかけています。

    (略)

    https://www3.nhk.or.jp/lnews/yokohama/20210510/1050013775.html
    ※前スレ
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1620638972/


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    ■全国で毎日約90頭が自治体に殺されている

    第2回から続く)

    あなたは犬や猫が殺処分される様子を見たことがあるだろうか。

    私は犬も猫も飼ったことがない。だから以前は「1年間に数万頭が殺処分される」と聞いても、正直ピンとこなかった。それが奄美大島の「ノネコの殺処分計画」を知り、殺処分を何とか阻止しようと活動する人たちを見て、また取材の合間に犬や猫と触れ合ううちに、その気持ちが少しずつ変わっていった。

    「飼えなくなったから」と捨てられた犬や猫は、そこで繁殖し、最後は自治体に保護されることになる。そして引き取り手のいない犬猫は殺処分されてしまう。

    昭和50年前後は年間100万頭もの犬や猫が処分されていた。年々減少しているが、いまだに猫が約2万7000頭、犬が約5600頭、計約3万2700頭も殺処分されている(2019年度)。全国で毎日約90頭が殺されていることになる。

    ■糞尿にまみれ、ゴミのように積み上げられる

    東京都千代田区では、全国に先駆けて2011年に猫の殺処分ゼロを実現し、現在も継続している。自治体と協働して「飼い主のいない猫」問題に取り組む「ちよだニャンとなる会」代表の香取章子さんは、こう訴える。

    「殺処分は必要悪、ゼロにこだわるのはおかしいという人が今もいますが、そういう発言をする人は殺処分の現場に行って見てきてほしい。知らない動物と一緒にガス室に入れられ、これから殺されるんだと察知している彼らの絶望的な目を見たら、殺処分ゼロがどんなに素晴らしいことか、わかります

    だから私も、ある自治体が犬や猫を殺処分するまでの様子を収めたビデオを見た。狭い殺処分室に何匹も押し込められ、たくさんの犬や猫たちが怯え、鳴いている。そして自治体の職員が、「ガス注入」のボタンを押す。すると動物たちは足をばたつかせ、もがき苦しみながら次々にひっくり返っていく。

    なんて残酷な光景なのかと涙が止まらなかった。死んだ犬や猫は糞尿にまみれ、ベルトコンベヤーで運ばれ、ゴミのように積み上げられる。それから焼却され、骨になる。

    ■「命を奪うために獣医師になったわけではない」

    東京都獣医師会中央支部長で獣医師の神坂由紀子さん(番町いぬねこクリニック)は言う。

    「ガス室での殺処分がかわいそうだからと、獣医師が注射によって安楽死をさせる方法ならと考える人がいるかもしれません。しかし、これは獣医師の負担が大きいのです。安楽死のための注射を打ち続ける毎日に絶望し、動物の診療ができなくなる人もいます。私たちは命を奪うために獣医師になったわけではありません」

    同じく獣医師の齊藤朋子さんは、「殺処分ゼロ」を目指して走り続けてきた。「あまみのねこ引っ越し応援団」として奄美大島で捕獲される猫を譲渡する活動を行いつつ、NPO法人ゴールゼロ」の代表も務める。「ゴールゼロ」とは、殺処分ゼロへの誓いから生まれた名称だ。

    ■「動物のお医者さんってかっこいい!」と思った

    齊藤さんは小学4年生の時から獣医師を志してきた。

    「犬も猫も拾ってくるような実家で、さらに母親はうさぎが好きで飼っていました。ある時、わが家で生まれたうさぎ赤ちゃんが室内で足の骨を折ったので、動物病院に連れていったんです。折れた足をテーピングで固定して、その赤ちゃんが歩けるようになった時、動物のお医者さんってかっこいい! と思いました」

    勉学に励み、獣医学部に進学したものの、卒業する頃には就職氷河期時代。齊藤さんは小さな製薬会社に就職し、そこで犬猫に対する薬の国内認可を申請するため、英語の臨床試験のデータ日本語に翻訳する職に就いた。

    「たしかに獣医学の知識がないと難しい仕事でしたが、動物に治療をするわけではないし、つまらなかった」

    入社して6年ほどたった頃、齊藤さんはある病を発症して休職、入院生活に。

    「熱がなかなか下がらなくて、しんどい入院生活中、自分が休んでも会社も世界もまわっていくんだな、と実感しました。自分ではすごくがんばってきたつもりだったけれど……。それで会社を辞めたんです。その頃、動物愛護団体シェルター(保護施設)から、獣医になってほしいといわれて、でも私は獣医大学を卒業して5~6年もたっているのに注射もできない。動物病院に勤める年下の獣医師からいろいろ教わりました」

    ■獣医師が避妊去勢手術を施さなければ、殺処分は終わらない

    経験を積んでいく中、衝撃的な出会いがあった。

    野良猫の避妊去勢手術をする獣医師に出会ったのだ。

    野良猫、つまり飼い主のいない猫を診る人なんて見たことがなかったんですよ。その人は言っていました。『ボランティアは誰でもできるけど、避妊去勢手術は獣医師にしかできない。繁殖制限こそが殺処分ゼロへの近道。獣医師がこれを施さなければ、殺処分は終わらない』と。頭をがーんと殴られたようでした」

    齊藤さんは幼い頃、母親と一緒に、殺処分を待つ犬猫を見に行ったことがある。たくさんの犬や猫が保護されていた。ここから1匹だけ選ぶことなんてできないと肩を落として帰宅した。

    殺処分を待つ数多くの犬猫をゼロにするには、獣医師がやらなければいけない。目の覚めるような思いだった。

    ■愛猫家が見ず知らずの猫のために数千円を払うワケ

    2010年、齊藤さんは看板も出さずにクリニックを立ち上げ、野良猫に対する避妊去勢手術を始めた。ボランティア野良猫をつかまえ、その手術を数千円で請け負うのだ。

    私はボランティアすごいと感じる。たった一回出会っただけの、見ず知らずの猫の避妊去勢手術のために自分のお金で数千円を払うのだから。そこには猫への強い愛情がある。そして齊藤さんと同じように、殺処分ゼロの世界を目指している。

    「殺処分ゼロは夢物語っていう人、いっぱいいます」と、齊藤さんは力強く話す。

    「戦争がない平和、交通事故ゼロもそうですが、無理だよって言った瞬間、それは目指していないことになる。特に避妊去勢手術ができる獣医師は諦めちゃいけない。もし、『そんなの到底無理』という獣医師がいるなら、その先生の前には安楽死があるんでしょう。殺処分ゼロは、それを目指している人の前にこそ現れるのだと思います」

    だから、奄美大島で行われる国内初の「殺処分を含めた猫の捕獲計画」には大反対なのだ。

    ■保護猫カフェの代表が、里親の家を直接訪ねる理由

    横浜にある譲渡型猫カフェケット・シー」では、奄美大島のノネコを中心にしつつも、15のケージに余裕があれば、全国各地の殺処分されそうな猫を受け入れている。

    カフェは、開放的でおしゃれな雰囲気だ。明るい色の木の床がとてもきれいで、動物臭もほぼしない。猫が糞をすればその都度拭き取り、頻繁に掃除をしているという。壁には防臭効果のある漆喰を使い、床暖房を入れている。換気にも気を配ることで、猫と人間がどちらも快適な空間をつくっている。

    ここから譲渡されていく猫たちには幸せになってほしい、とスタッフ誰もが願う。

    だから正式に猫を譲渡する際には、代表の服部由佳さん自らが里親さんの家を訪ねる。それに付き添ったボランティアの岩﨑日登美さんは「届けに行くことはすごく大事」という。

    「まず、申請された住所が、本当にその方の家かわからないでしょう。次に、収入や家の広さなど“猫を飼う条件”がよくても、室内が不衛生など、飼育に適した環境でないこともあります。最近は譲渡前のやりとりをSNSで行うことが多いので、行ってみて猫が安全に幸せに暮らせる環境かどうか、目で確かめることが大切です」

    ■今のところ「もう飼えません」と音をあげた人はゼロ

    大抵のペットショップでは売ったら終わりだが、「ケット・シー」では譲渡後のフォローもする。譲渡1カ月から6カ月までは月1回写真を提出して報告してもらう。その後は1年ごとに報告してもらうことになっている。

    「まだケットシーができて1年なので、譲渡から1年以上経った猫はごくわずかですが、これからどんどん増えていきます。どう管理していくか、頭を悩ませています。ここで譲渡する際は『終生飼育する』ことが条件で、第三者への譲渡は禁じています。今のところ『もう飼えません』と音をあげた人はいませんが、病気など何か思わぬトラブルがあって、『飼えなくなった』と言われたらどうしようと今は案じています」(服部さん)

    ケットシー」では月10頭を譲渡していて、オープンから1年経過した今、譲渡数は120頭を超えた。そのうち42頭は奄美大島からきたノネコだ。

    奄美大島のノネコはどんな性格なのか。

    ■根拠の乏しい「ノネコ管理計画」が明らかにしたこと

    「穏やかで、とっても性格がいい子が多い」と岩﨑さんは応える。岩﨑さんは、現在、預かっている猫も含めて、なんと20匹を飼育中なのだそうだ。

    奄美大島のノネコは他の猫に意地悪をしたり、飼い主を『自分のもの』と自己主張するような様子がない。むしろ子猫がいるとお世話をしてくれるんです。ええ、猫が猫の面倒をみるんです(笑)。もちろん、たまたまかもしれません。でも私は、奄美大島のノネコに自分の保護猫活動を助けられていると感じます」

    ノネコが希少種を捕食している。だからノネコを、猫を奄美大島の森から排除しなければならない。国のノネコ管理計画はそうした目的で始まった。

    しかし計画を実行するだけの理由、根拠が乏しいことを、これまで何度も私は記事に書いてきた。一方で、齊藤さんが話す「計画の根拠はともかく、猫のせいにするなら、猫は山にいないほうがいい」という言葉にもうなずける。

    服部さんが作った譲渡型保護猫カフェには、奄美大島からやってきた猫(ノネコ)と、猫を愛する人(ボランティア)が集まり、わずか1年でみるみる拡大していった。

    ここに来た猫は、みんな幸せ。

    ボランティアの岩﨑さんが放った言葉が、心に響く。

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    笹井 恵里子(ささい・えりこ)
    ジャーナリスト
    1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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    譲渡型猫カフェ「ケット・シー」の店内の様子 - 撮影=笹井恵里子


    (出典 news.nicovideo.jp)

    むごいことは世の中山ほどあるけど・・・・・

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    馬が数百キロのそりを引く「ばんえい競馬」(北海道帯広市主催)で、騎手が坂の途中で動けなくなった馬の顔を2度蹴るシーンがあり、虐待ではないかとSNSで物議を醸している。

    4月18日におこなわれた「令和3年度第1回能力検査」の18Rでの出来事。出走していた2歳牝馬が上り坂途中で膝をついて動けなくなったところ、そりから降りた騎手が、馬の顔を蹴るシーンが中継に映っていた。

    主催者側によると、騎手は競走中止が決まったうえでそりから降りたという。馬を立ち上がらせるために蹴ったようだが、「許される行為ではなく、処分等を検討している。近日中にホームぺージで説明する」という。

    能力検査は競走馬デビューのために必要。8月の第10回まで何度でもチャレンジでき、翌年にもチャンスはあるが、不合格だった場合は、競走馬としての道が断たれることになる。

    【追記】帯広市ばんえい競馬4月21日、当該騎手に対し厳重注意を行ったうえで戒告処分としたことを発表した。本人も反省しているといい、当面の間、騎乗を自粛するという。

    騎手が「馬の顔蹴る」動画が物議、ばんえい競馬「許される行為ではない」と処分


    (出典 news.nicovideo.jp)

    ちなみに、普通の競馬は最終段階で一緒に頑張ろうという意味で騎手が鞭を打つそうですよ。

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    ハンター・女性(zorandimzr/iStock/Getty Images Plus/画像はイメージです)

    米国のある女性トロフィーハンターが、ザンビアで地元民が長年崇めてきた長老のワニを銃殺。それをSNSに笑顔で報告し、世間のひんしゅくを買っているようだ。『Mirror』『CNN』など英米の大手メディアが続々と伝えている。


    ■「戦利品」として誇示

    米国・フロリダ州出身の33歳の美人ハンター、ラリサ・スウィトリク(LarysaSwitlyk)さん。そんな彼女に「良心のかけらもない冷酷非道さ」と批判が殺到している。

    ラリサさんは、家畜や農作物などに被害を与える動物の「駆除」ではなく、仕留めた動物を「戦利品」として誇示することを楽しむトロフィーハンターで、カナダの狩猟専門にも出演している。

    これまでビッグ5(ライオンヒョウ、ゾウ、サイ、バッファロー)を含む116種類の動物を殺した経験があるという。


    関連記事:「狩猟本能」全開の本田翼に共演者タジタジ 「あぁぁぁ必殺技あたんねぇ!」

    ■「お財布に」と笑顔で報告

    そのラリサさんがザンビアに滞在し、地元民が崇め奉っていた60歳のナイルワニを仕留めた。体長は4.5メートルもあると自慢し、SNSで嬉しそうに「お財布にする」と報告している。

    しかし、その写真は地元の人々を激怒させた。ナイルワニの若い雄は血気盛んなことで知られ、長老の雄のワニの存在は、彼らの暴走を抑えるうえで大切な役目を果たしていたからだ。

    ■動物保護活動家もフォロー

    ラリサさんに憧れを抱いている女性フォロワーは、「何と美しいワニ。最高の戦利品ですね」「素晴らしいお財布になりますよ」などと絶賛。

    だが、監視のためにフォローしている動物保護活動家なのか、「それは動物虐待。あなたは罪もない動物を殺して喜ぶ非道な女」といったコメントも見受けられる。

    2015年ジンバブエでその土地の「主」と呼ばれた人気のライオンを撃ち殺した米国の歯科医は、その後に世間から大変な嫌がらせを受けていた。トロフィーハンターに対する世間の風当たりはじつに強い。


    ■大金が転がり込むせいで…

    アフリカでは、年間500頭を超えるライオンが、トロフィーハンターたちに銃で撃ち殺されている。貧困にあえぐ地域が多いこの大陸で、金持ちのトロフィーハンターたちが支払う狩猟許可証や、1千万円前後になることもあるガイド付き狩猟参加料は重要な収入源だ。

    そのため「密猟よりはるかにマシ。個体数を保ちながら大金が転がり込む狩猟ビジネスを、維持していくことが賢明だ」と考える政治家も少なくないという。

    ・合わせて読みたい→「狩猟本能」全開の本田翼に共演者タジタジ 「あぁぁぁ必殺技あたんねぇ!」

    (文/しらべぇ編集部・浅野 ナオミ

    「崇められる長老ワニを仕留めてお財布に」 有名トロフィーハンターに批判殺到


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    戦利品にするとは許せない。

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    満腹でも熊は人を襲う…腰部、臀部、下肢が食害された「戸沢村3人殺人事件」の衝撃 から続く

     2020年のクマによる被害は4月~10月の間に限っても132人。環境省データによると、過去最悪となった2019年157人に迫るペースとなっている。山中に立ち入るにあたって、誰もがクマとの遭遇に無自覚ではいられないのが現状だといえるだろう。

     ときに人を襲い、殺害してしまうこともあるクマ。もしも遭遇した場合はどのような対処をとれば、最悪の事態を逃れられるのだろうか。日本ツキノワグマ研究所理事長を務める米田一彦氏による著書『熊が人を襲うとき』より、誰もができる最善の対処法を引用し、紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

    ◇◇◇

    死んだ振りは有効だ

    『明治43年9月17日栃木県塩谷郡で鉱物調査中の男性(55)が寝ているクマと遭遇、手、額に重傷。「死人の真似」をした。』読売新聞(1910・9・20)

     この日、クマ事故で初めて「死んだ振り」の対応をした人が紙面に現われた。子牛ほどのクマと遭遇して、言い伝え通りに死人の真似をしたそうだ。そうする以外にないほど重傷で、防御体勢をとったと思われる。

    『大正15年5月6日福島県湯本村二岐温泉で、男性4人(68、67、60、58)が親子3頭のクマと遭遇、一斉に「地面に伏せ」無傷。』読売新聞(1926・5・16)

     敵と遭遇したら発見されないように「地に伏せる」ことはあるが、死んだ振りをして、クマをやり過ごした面白さを記者が捉えたのだろう。温泉の湯煙に酔ったようなおじさんたちが揃って地面に伏せた。微苦笑を誘われる記事だ。

    「死んだ振り」「死んだ真似」「寝たまね」「死人を装い」と文字になっているものは80人いる。「伏せた」と発言している人も女性を中心に85人いる。これは、女性が無意識に顔を守るために取った行動と思われる。

     女性ではクマに遭遇して動転し、気絶状態で地面に寝そべる例が多数ある。  

    (1)基本型

    『31年10月5日福井県加戸村で、水汲みの男性( 58 )が遭遇、「死んだ真似」をしたら、同人の肩を二、三度叩き、無傷。』朝日新聞1931・10・9)

     クマの大出没年だった昭和6年(31年)に3件の「死人を装う」「死んだ真似」事故が見られる。このころにはクマに遭遇したときの対応のひとつになっていたようだ。同人の肩を三度まで叩いたのは、通り過ぎるときに当たったのではないか。

    『59年10月17日福井県大野市で、農作業中の女性(51)が遭遇「死んだ真似」。クマは同人の後頭部を叩いて通り過ぎて軽傷。』福井新聞(1959・10・18)

    「後頭部を叩いた」は、通り過ぎるとき、爪でも当たったのではないか。「死んだ真似」という用語は戦後期に日本海側に限定的に使用されている。

    クマささやき

     53年10月5日付けの福井新聞に、この秋のクマ大出没を受けた特集記事に「クマ報道での名文中の名文」が載っている。

    『クマと出くわしたら騒いだりせず、付近の窪地へ素早く伏せ、とくに顔を地面に、へばりつき静かに息を殺しているとクマは一応、背中を、なでる程度で危害を加えず、しばらくすると行き過ぎると言われている。これを「クマのささやき」という。』

     私も一貫して、この文章の論旨と同じ言い方で対処法を勧めている。最初の小さなクマの手出しが「ささやき」で、その後被害者がどういう対応を取るかで重大事故へと拡大するか、その軽減法を私は近年の事故例から探っている。「クマのささやき」は、どこかに原典があるのだろうか。誰が言ったのだろう。

    (2)監視型

    『53年10月23日長野県永田村で男性(34)がキノコ採り中、後ろから突然に襲われて重傷、咄嗟に身を伏せて死んだ振りをした。クマは20分間ほど、周りを歩き続けて去った。』信濃毎日新聞(1953・10・24)

     このように受傷して死んだ振りをし、10分後、20分後、30分後に見回したら、クマの姿が消えていた例が18人ある。

    『76年4月28日滋賀県木之本町でワラビ採り中の女性(66)が親子3頭と遭遇、死んだふり10分後、立ったら顔を殴られ重傷。』読売新聞(1976・4・29)

     前2例の死んだ振りは、その後の様子が異なる。後者のように襲われて小さな被害を受けて死んだ振りをし、その体勢を5分、10 分、1時間と続けた後、立ちあがって逃げようとすると、ガツンと殴られて重傷に変じた事故が22人もある。

    《クマは死んだ振りをした人を遠くから長時間、監視している》――米田

     監視後にクマが去った人が18人あった。立つと、ガツンとやられたのが22人。待つべきか、立つべきか、難しい問題だ。後者は「遺体を守って24時間、蟠踞」の類型なのだ。こんなときは「クマの攻撃性が低い段階なので追い払う」爆竹が役立つだろう。

    (3)核心例

     次例は、この項の最も核心的な事例だ。

    『86年6月5日山形県大蔵村で営林作業中の男性(58)がクマと遭遇し、背を向けて逃げると襲われると思い、斜め方向に走った。前に転び死んだ振り。クマの息吹が聞こえたが、去った。』山形県庁調書

     当時、私は山形県庁の担当者から話を聞いており、クマが男性の周りを歩いて様子を窺ったという。6月の交尾期の雄グマの行動で、「雌グマかどうか情報を集めるため」近寄ったと思われる。 

     山形営林署管内では、クマと遭遇したら「背を向けて逃げるな」と教育されているようで、例がいくつかある。

     死んだ振りをしたことで九死に一生を得たこの遭遇戦、クマと正対しつつ斜めに移動し、積極的に反撃せずに地面に倒れて静かになった男性に、クマが攻撃性を低下させたように見える。

     長年山仕事で足腰を鍛えた営林署員でも、山野で走れば、転ぶ。

    死んだ振りをしている男性を恐れたクマ

    (4)躊躇い型

     次の例は時間を追って想像してもらいたい。若いクマの攻撃生態を活写している最重要な例だ。死んだ振りをしている男性を恐れ、攻撃を躊躇っているようだ。

    『84年6月2日岩手県遠野市で山菜採りの男性(64)がクマに足を咬まれて転倒。クマは木に登り、痛がっている男性を見下ろした。男性が逃げるとクマは飛んできて男性を引っ掻いて、また木に登った。男性は困惑し、クマと根競べに入り40分、男性は堪らず逃げ出すと、クマは木から降りてきて男性を襲い、斜面を50m、転落、クマは逃げた。首など全身、11 箇所を咬まれて全治1ヵ月の重傷。』河北新報(1984・6・3)

    《クマの強襲には柔らかく対応するべきだ》――米田

     女性被害者497人中、確実に鈍器を振ったのは16人だけで、多くはごく自然に地面に伏せるので「首をガードして顔を守る」方が現実的だ。

     山に不慣れな行楽客、都会人が、逃げた途端に不整地に足を取られて転び、恐怖で頭を両手で抱えるのは自然な心の動きと身体動作だ。

     ナタ、カマなどで反撃し、その後で「死んだ振り」に転じてもクマの攻撃性は継続することが多く、その結果重体、重傷など受傷程度を上げるのは不適だ。

    攻撃されても死んだ振りをすることで…

     ・クマの一撃後に被害者が「死んだ振り」に転じた場合、クマは攻撃性を低下させている。

     ・クマは「強反撃には強襲」で反応してくる。

     ・クマは「静対応には力を弱める」習性がある。

     2008年9月17日登山家山野井泰史氏は東京都の奥多摩で子連れのクマに襲われ顔、腕に重傷を負った。流石に道を究めた人だけあってコメントが秀逸だ。

    生きているクマに触れられるなんて……貴重な体験をした」。同氏は『岳人』12月号で事故の詳細を語っている。最初にクマの吠え声がして、右腕を咬まれて引かれ倒され、次いで顔面を咬まれたそうだ。なにより私が興味を覚えるのは事故直後のこの発言だ。

    『クマは鼻付近に食いついて放さなかった。これ以上抵抗するともぎ取られると思い抵抗をやめたら力が抜けたので脱出した』

     ここに被害軽減の極意があるように思える。同氏が最後まで頑強に抵抗していたらどうなっていただろう。もう一撃を受けていたら、より重体化したに違いない。

     同じ日、北海道中標津町で男性がヒグマに顔面粉砕されて死亡しているが、こちらは小さく報道されただけだった。

    『クマに襲われたカナダ人女性、「死んだふり」で命拾い』ロイター(2010・7・29)

     米モンタナ州ギャラティンキャンプ場で28日未明、男女3人が野生のクマに襲われたが、そのうちの1人は「死んだふり」をして命拾いした。デブ・フリールさん(58)はテント内で就寝中、痛みで目が覚め、『クマの歯が腕に食い込み、骨が折れて悲鳴を上げたらクマは、さらに歯を食い込ませてきた。それで死んだふりをして、筋肉をだらりとさせたらクマも力を抜いて、自分を離して去った』

    闘うよりも現代の高度医療に頼るべき

     繰り返しになるが我々クマ研究家は、クマが攻撃してきたら「首を両手でカバーし、体を丸めて地面に固着することによって、重要器官を守れ」と提唱している。 頭頚部を守るために死んだ振りをするのは、現代のクマ研究者が勧めている「うつぶせガード法」と同義なのだ。

     人間の体の前面は加害に弱く、攻撃は背で受けて凌しのぐべきだ。我々も怖く感じる大グマほど攻撃は短時間で終わり、悠々と森に隠れる。闘うよりも現代の高度医療に頼るべきだ。

    《クマの攻撃性が低い状態で襲われたときは、首をガードして「死んだ振り」をした方が重傷化を防ぐ。山に慣れていない一般人には適した方法だ》――米田

    「死んだ振りは致命的だ、ナタで闘え」とする発言は、昭和期の医療水準の低い山間僻地で行われた手法なのだ。

    (米田 一彦)

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    熊のプーさんなら大丈夫です!

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