コオロギ食が議論を呼んでいます。きっかけは徳島県の県立高校でコオロギパウダーを使った給食を希望する生徒に試食させたことでした。一部ネットニュースが2月28日に報じたとこ
ろ、“そんなものを子供に食べさせるな”と学校にクレームの電話が殺到したのです。
◆「コオロギ粉末給食」から広がった波紋
各界の著名人も反応しました。中川翔子は3月1日に自身のツイッターで、<コオロギとか絶対食べません>とツイート。翌2日には『スッキリ』(日本テレビ)でも取り上げ、MCの加藤浩
次、パネリストのモーリー・ロバートソン、坂口孝則らがそれぞれ賛成、反対の立場から激論を交わしました。
3日には堀江貴文氏が自身のYouTubeチャンネルで「コオロギ食に正義なんか何一つ1ミリもないです」とバッサリ。コオロギ食を推進するベンチャー企業は「社会的に全く価値がない」とまで断言しています。
そして3人の子を持つ母親の小倉優子も、4日放送の『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(ABCテレビ)で、国が主導することによって「なんか利権が絡んでるとか、そういうのが言われてるから、そっちが気になっちゃいます」と語り、疑いの目を向けているようでした。
◆ネットではコオロギ食への批判、不買運動も
輪をかけて熱くなっているのが一般のネットユーザーです。河野太郎デジタル大臣が昨年のイベントでコオロギ食を試食した画像が拡散されたり、敷島製パン(Pasco)が2020年12月から
展開しているコオロギパウダー入りの商品をやり玉にあげたりして、批判や不買運動が起こってしまいました。
“牛乳を捨てているのにコオロギを食べさせるとは何事か!”といった内容の怒りがほとんどですが、なかには陰謀論めいた説とリンクさせて徹底抗戦する人たちもいて、展開次第ではさらにヒートアップしそうな雰囲気です。
とにもかくにも、にわかに脚光を浴びたコオロギ食。論点を明確にするために、おおまかな流れを整理しておきたいと思います。
◆日本の人口は減少傾向でも、世界的には増加し続けている
拒否反応を示した人の多くは、国内事情に照らし合わせて不可解だと感じているようでした。では、食用コオロギの導入を検討しているのは日本だけなのでしょうか?
これは明らかに違います。確かに日本に限れば人口は減少傾向ですが、インドやアフリカなどの新興国を中心に世界的にはまだ増加の一途をたどっている。安定的な食糧供給は喫緊の課題です。
特に問題となるのがタンパク質。地球上の全人口に必要な分をあまねく摂取させることを考えた場合、家畜だけでまかなえるのかというと大変に厳しい。家畜を育てるには植物由来のエ
サが必要です。それも1カロリーを供給できるニワトリを育てるには9カロリーほどの植物を与えなければなりません。(『Effective Altruism』What role might insects play as part of the future food? より)
つまり、地球上の全人口が動物の肉を食べようとしたら、同時にその9倍ほどの植物も育てなければならないわけです。その植物を育て、収穫するために使用されるエネルギーも考えると、地球に相当な負荷がかかっていることが想像できるのではないでしょうか。
◆駆除されていた昆虫が新たなタンパク源として注目
そこで昆虫食が研究されるようになったのですね。家畜のエサとなる植物を育てる際に害虫として駆除されていた昆虫には、食肉をしのぐタンパク質やミネラルを含むものもあるのだそう。
それを食べるようになれば、家畜、植物の消費が相対的に減ることになり、ひいては収穫や畜産にかかるエネルギー量もセーブできる。好循環のキーになると考えられているのです。
つまり、堀江貴文氏の言う「コオロギ食に正義なんか何一つ1ミリもないです」とか、“どうせ利権絡みでしょ”という小倉優子の心配とは全く逆。そんなちっぽけな話ではありません。
このままでは地球がもたない、未来の人類に申し訳が立たない。いま何かしなければ手遅れになってしまうとの徳義心が原動力です。
<我々の食べ方が持続可能でなく、根本から考え方を変えなければ地球上の半分は肥満であふれかえり、もう半分は水没してしまうと気づいている人たちにとっては明白な事実だろう。>(『The Guardian』 If we want to save the planet, the future of food is insects 2021年5月8日 筆者訳)
昆虫食はおおむね正義から生まれたアイデアだと考えて差し支えありません。しかしながら、各国が一斉に大きな変革に向けて動き出す様子を懸念する向きがあるのも確かです。そもそも一体いつどこでそんな話が決まったのだろう?と。
◆背景にある思想的なムーブメント
その背景には、ある思想的なムーブメントがあります。Effective Altruism(効果的利他主義)、Longtermism(長期主義)と呼ばれる哲学です。
弱冠35歳、スコットランドの哲学者、ウィリアム・マッカスキルによって提唱され、ビル・ゲイツやジェフ・ベゾス、そしてイーロン・マスクといった大富豪たちが支持しています。地
球規模の課題に対する解決策を探求し、そのために巨額の投資をうながしていく活動の根拠となっています。
ざっくり言うと、いま生きている80億人の心配よりも何百年も先に生きているであろう何兆もの人類のために良いことをしましょう、というもの。たとえば、地球ではまかないきれない
ので火星でも人が住めるようにしようとか、新型コロナのワクチンがより広範に行き渡るために自由な市場で売買できるようにしようとか。
◆「未来のために…」という考え方がはらむ危険性
一見すると倫理的、道徳的に正しいように見えますよね。けれども、慈善活動であることを盾に、彼らの莫大な資産をさらに増殖させる新たなシステム作りに加担させられてしまう危険もあるのですね。
ビル・ゲイツ財団が代替肉のベンチャーに莫大な金額を投資している事実からも、新たな食糧システムが構築されればビル・ゲイツの力をより強化する方向に働くのは自明の理でしょう。
これらはたいてい大富豪たちのちょっとした思いつきやビジネスチャンスに端を発します。掛け声ひとつで右往左往させられるのは、その他何十億もの人々です。
<傲岸不遜だと言わざるを得ない。莫大な富を溜め込んでは、自身による支配を強化するために新たな合意形成の方法を常に模索する神の如き大富豪たちは、何十億もの人々をあたかもチェスの駒のように扱うのだから。> (『The New Statesman』 Elon Musk’s useful philosopher 2022年11月14日 筆者訳)
このように“未来のために”と謳って今そのときに巨額の資金を調達するやり方は、決して長期的な視点(long-term thinking)によるものではないと記事は批判しています。
ひとつひとつ細かな調整を経て段階的に対処していくのではなく、劇的な変更によって人々が“そう生きざるを得ない”ような状況を作ってしまう。それが善意や正義を標榜しているからこそ厄介なのだと危惧しているのです。
◆コオロギ食は救世主か、それとも…
ここ日本で降って湧いたようなコオロギ食のニュースも、陰謀論や行政への不信で片付けず、より大きな視点から考える必要があるのかもしれません。
食糧危機は眼前に迫っており、その間にも環境破壊は進行している。救世主となり得るかもしれない昆虫食ではあるけれども、どこからともなく聞こえてきた掛け声ひとつで既存のシステムがあっという間に書き換えられてしまいそうな恐怖。
この違和感をかき消す論法として壮大なビジョンの“効果的利他主義”や“長期主義”が機能しているのだとすれば、やはりある程度は警戒しておいたほうがいいのだろうと思うのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
(出典 news.nicovideo.jp)
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